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⑥ 親日ミャンマー・・・ヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業 JICA


ミャンマー国旗

首都:ネーピドー
最大の都市:ヤンゴン

 ミャンマーは、1948年、イギリスより独立。混乱と軍政が長く続き、民主化が遅れてしまいました。経済も同様、他の途上国に比べ非常に遅れてしまいました。



 しかし2015年、民政復帰後では初めてとなる総選挙が実施され、NLDが圧勝しました。そしてアウン・サン・スー・チー側近のテイン・チョーが大統領に、スー・チー氏が国家顧問、外務大臣、大統領府大臣を兼任して民主政治がスタートしました。



 現在では、GDP8%以上になり目覚ましい発展を遂げています。これからも成長し続けるのは間違いないでしょう。

 そこで今、一番に取り組んでいるのは、インフラ整備です。


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 その一つとしてヤンゴンマンダレー鉄道整備事業」が挙げられます。2016 年 12 月2日、JICAはミャンマー政府と第一段階として(ヤンゴン・タウングー間 270 ㎞) の契約, 調印にこぎつけました。

右は ミャンマー国鉄総裁


 ヤンゴンマンダレー線は約 130 年前から国の経済動脈であり、ミャンマー最大の商業都市ヤンゴン(人口約 510 万人)、首都ネピドー(人口約 92 万人)、第二の商業都市であるマンダレー(人口約 100万人)を結ぶ重要な交通幹線です。

 しかし、既存輸送施設・設備は老朽化が進み、列車の走行速度の低下・遅延・脱線事故等が生じており、輸送サービスの低下が課題となっていました。

 これに対して日本政府が円借款事業により協力することとなったのです。

 第二段階は、タウングーからマンダレーまでの事業です。これも日本がやる予定です。

 このヤンゴンマンダレー間の既存鉄道路線(620km)および周辺施設の改修・近代化を実施することで、より安全で高速(50km ➡ 100km)の列車運行を通じて旅客・貨物の輸送能力を増強し、同国の経済発展に寄与することは間違いないでしょう。

 内容は動画で見る方が分り易いと思いますので、そちらをご覧ください。













⑤ 親日ミャンマー・・・環状線改修計画 JICA


ミャンマー国旗

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首都:ネーピドー
最大の都市:ヤンゴン



ヤンゴン環状線路線図



 ミャンマーは、1948年、イギリスより独立。混乱と軍政が長く続き、民主化が遅れてしまいました。経済も同様、他の途上国に比べ非常に遅れてしまいました。


 しかし2015年、民政復帰後では初めてとなる総選挙が実施され、NLDが圧勝しました。そしてアウン・サン・スー・チー側近のテイン・チョーが大統領に、スー・チー氏が国家顧問、外務大臣、大統領府大臣を兼任して民主政治がスタートしました。


 現在では、GDP8%以上になり目覚ましい発展を遂げています。これからも成長し続けるのは間違いないでしょう。



 そこで今、一番に取り組んでいるのはインフラ整備です。その中でもミャンマー最大の都市ヤンゴンのインフラ整備に力を入れています。


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 その一つとしてヤンゴン環状鉄道改修事業」が挙げられます。ミャンマー国鉄が運営する環状線がありますが,施設・機材・車両の老朽化が進み,走行速度の低下や遅延,脱線事故等が頻発しています。


 この計画の実施により,事業完成の2022年には,
旅客輸送量が214万人・km/日,2015年実績+129万人
運行本数が175本(現在+53本),


環状線一周走行時間が110分(60分短縮)となる見込みで,旅客輸送能力の増強と安全で快適な公共交通サービスの向上,更にはヤンゴン都市圏の社会経済活動の活性化が期待されています。


 内容は動画で見る方が分り易いと思いますので、そちらをご覧ください。
















インドネシアの独立 3・・・その後の残留日本兵










インドネシア国旗





 

 

 

 

若い世代に見てもらいたい

この二本








 



残留日本兵がまだ若い時の記録です。





 









 




「福祉友の会」も出てきます。二世、三世含め3000人以上。「福祉友の会」の存在は大きいようです。




私は戦後すぐ、団塊の世代のしっぽ当たりに生まれた日本人です。GHQの3S政策や、日本国歌を唄っちゃいけない教職員組合の先生方に、少なからず影響を受けて育った世代です。




ですから自虐史観に洗脳されてしまい、なかなか抜け出せませんでした。近年インターネットの普及もあって歴史の真実が怒涛のごとく表に流れ出すようになり、60歳を過ぎた私はやっと気付き、目覚めはじめたのでした。



 





私は本当にお馬鹿でした。若い時は、大東亜戦争時の日本軍は東アジアの国々に侵略し、植民地獲得のために戦争をしたと思い込んでいたのです。お恥ずかしい限りです。





そして、ネットで時の真実の情報を知れば知るほど、あの戦争が「植民地解放」「人種差別撤廃」のための戦いだったということが分かりました。




アメリカとの戦争も、当時の大統領の有色人種(日本人)に対する偏見も大きな要因だったいうことも理解出来ました。ハルノートの行き違いもありましたが。




そして私は、日本人は真面目な人種なんだと自信が持てた事があるんです。第二次大戦前から日本は人種差別撤廃の主張をしていたことです。


第一次世界大戦後のパリ講和会議国際連盟委員会で「人種差別を撤廃するべきだ」と主張しています。日本は「人種差別撤廃」を国際会議で主張した世界初の国なのです。


東アジア解放を掲げ、大東亜会議を設けた根拠もこれで解けました。




戦後、(アジア=アフリカ会議)=バンドン会議が開かれ「反帝国主義・反植民地主義」を謳い、アジア・アフリカの連帯が強まるまでになりました。



これも大東亜戦争があっての成果であるかもしれません。

 

 

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ところで、日本の歴史の授業は、縄文時代から教えるのが一般的だと思いますが、最後は近現代史が飛んでしまう事が多いようです。あったとしても疎かになりがりでしょう。たぶん受験教育の影響か時間が足りないのでしょう。




しかし、近現代史を知る事こそ、今を生きる若者たちの指標となり、生きる術のヒントが得られるのではないか。と私は思うのです。



学校の歴史授業は、近現代史からお願いしたいものです。



インドネシアの独立 2・・・PETA創設の秘話:柳川中尉










インドネシア国旗






 

 



柳川中尉・PETA創設者

peta=祖国防衛義勇軍










映画「ムルデカ17805」の柳川中尉
本人写真は探しても見つかりませんでした。

 

 

 

 


映画「ムルデカ17805

 

 

 

 

インドネシアは昭和24年に独立しました。4年間の対オランダとの独立戦争は苦難に満ちたものでした。この独立戦争を戦い抜いたのは、大東亜戦争中に日本軍が創設したインドネシア人によるPETA:祖国防衛義勇軍でした。















指導する教官

 

 

 


 

 

 

 

 

このPETAの基礎となったのは、タンゲラン青年道場でした。この青年道場は、日本の中野学校出身の情報士官らによって、設立された機関だそうです。そしてこの隊長が柳川宗成中尉だったのです。

 

 

 

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第16軍参謀部の柳川宗茂(やながわもとしげ・1914年生~1986年没)中尉。陸軍中野学校2期生で当時30歳前後でした。

 

 

柳川中尉は戦後、昭和39年(1964)、家族と共にジャカルタに移住永住されています。・・・昭和61年(1986年没)

 

 

インドネシアの2代目大統領、スハルトが、柳川宗成をインドネシアに呼び寄せ、住む家も準備し、生涯面倒を看たそうです。

 

 










2代目大統領 スハルト





スハルトの指示を受けた軍医が、毎朝、健康を按じ、脈を取りに来ていたそうです。




インドネシアから年金も支給されていたそうです。




スハルト大統領から至れり尽くせりされていたのです。




当の柳川宗成は、そこまでしなくともと、笑いながらも




スハルトからインドネシア名を名乗って欲しいとの要望を




「オレは日本人だ、親からもらった名を変えない」と、




かたくなに拒んだそうです。




この事実、みなさんはご存知でしたか。私は全然、知りませんでした。



スハルト大統領から感謝しつづけれらた柳川中尉最後は「英雄墓地」に入ることを生前に懇願されましたが、「オレなんぞ」ということで、かたくなに拒み一般墓地に埋葬されました。


 

 

ということで、豪胆で私利私欲がない人物で、真にインドネシア独立を願った人物のようでありました。

 

 

「カプテン柳川留魂録」の抜粋より。柳川宗成中尉の行動録という意味です。 

 

 

 

 

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スカルノ時代は、20年続きました。

スハルト時代は、30年続きました。

 

合わせて50年、その国のトップが日本を感謝し続けたということです。

 

皆さん!

我々日本人は、そういう風に思われ続けたことに、

そろそろ、素直になってもいいのではないでしょうか。

 

戦後、日本人は自虐精神を持ちすぎたのではないでしょうか。

 

 

もう自虐史観は捨てましょう。

 

 

 

過去記事
ジャカルタで大人気 JKT48・・・そこにはインドネシア語ペラペラの
仲川遥香がいた

インドネシアの独立 1 ・・・最後の残留日本兵:小野盛さん


 

インドネシアの独立 3・・・その後の残留日本兵


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インドネシアの独立 1・・・最後の残留日本兵:小野盛さん










インドネシア国旗






 

 

 

 

 

元残留日本兵が残したもの

 

 

 

 

この写真の方、どなたかお分かりですか?

インドネシア最後の残留日本兵・小野盛さんです。













インドネシア最後の残留日本兵・小野盛さん
2014年8月25日94歳で死去

 

 

 
















小野さんの記録





独立戦争終結後、インドネシアでは多くの元日本兵独立戦争への功績を讃えて叙勲されています。

 

 

 

インドネシア残留日本兵が作った互助組織「福祉友の会」は、日本に留学する日系インドネシア人学生に奨学金を与えるなど、日本とインドネシアの架け橋としての役割も果たしました。

 

 

元残留日本兵は、毎年行われるインドネシアの独立式典にも呼ばれていますが、死亡したり、高齢で体調が悪化したりなどで参加者は減っていき、2014年の式典には1人も参加できませんでした。

 

 

 

2014年8月25日、小野盛(インドネシア名:ラフマット)さんが94歳で死去しました。小野さんは、行方不明者を除くと、最後の残留日本兵とされ、これで所在が確認できるインドネシアの残留日本兵は全員死亡したとされています。

 

 

小野の葬儀はインドネシア国軍が執り行い、棺にはインドネシアの国旗が被せられ、カリバタ英雄墓地に埋葬されました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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第二次世界大戦終結後、スカルノが独立宣言をしたにも拘らず、日本の敗戦後(1945年)、イギリスなどの支援を受けて旧宗主国のオランダが再植民地化を試みます。オランダはそれまで350年間、インドネシアを植民地にしていました。














スカルノ大統領              

話はちょっと反れますが、皆さん右の方ご存知ですか?

右の方は、お馴染みのデヴィ夫人です。

デヴィ夫人は、大統領の4人の夫人のうち第3夫人でした。

 

 

 

インドネシア独立戦争が勃発したインドネシアでは、日本軍から多くの武器が独立派の手に渡り、旧日本軍将兵が独立軍の将兵教育や作戦指導をするとともに、自ら戦闘に加わるなどしました。その一人が小野盛さんだったのです。














残った兵士は1000人以上と言われています。














PETA(郷土防衛義勇軍)に指導しているシーン














PETA記念館 資料より
PETA=郷土防衛義勇軍昭和18年12月、第一次33個大団の編成を完了した。1個大団は3個中団、1個中団は3個小団、1個小団は5個分団からなり、大団長以下兵士まで全員ジャワ人である。ボゴールに幹部の訓練所が開設され、訓練には日本の軍人があたり、厳しい日本式の教育を終えた幹部が一般募集の兵士を訓練した。第一次についで、翌19年には第二次、第三次11大団、バリ島大団も追加され、終戦時には69個大団、人員も3万8千人にもなり、その数は駐屯日本軍の倍近くになっていた。日本の敗戦後は解散となったが、舞い戻ったオランダに対する独立戦争を指導し、独立と新生インドネシア共和国軍創設の中心となったのが元PETAのメンバー であった。

 

 

インドネシア独立に命を捧げた日本人将兵らは、2001年公開の映画『ムルデカ17805』に描かれています。

この映画を見ると事のあらすじが理解できると思います。

 

 

 

 


 

 

 

ムルデカとは「独立」、17805とは独立宣言の日付で、皇紀2605(西暦1945)年8月17日の事です。日本軍の独立支援への感謝として年号を日本の皇紀で表したのでした。

 

 

 

 

過去記事
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インドネシアの独立 3・・・その後の残留日本兵


















バリ島旅行情報・・・インドネシア・・30日以内の旅行ならビザいらないよ

 

ビザ情報は、下の方にあります。

 


 

 


 

 

 


 

 


 

 

バリ島へ旅行しようと思ってるんだけど、火山がどうのこうのってニュースで言ってたよなあ。ちょっと調べてみよう。



てな事で、即、役立つサイトをピックアップしてみました。


外務省 最新バリ島渡航情報




インドネシア広域情報





以下の本情報は2017年12月23日(日本時間)現在有効です。


【ポイント】情報

インドネシア当局は,バリ島アグン山の警戒レベルを最高のレベル4(危険)からレベル3(警戒)に引き下げました。

 




 

●なお,引き続き,山頂から半径6km(北,南東,南西部では7.5km)圏内は,立ち入り禁止区域とされていますので,その立入禁止区域および周辺は近寄らないようにしてください。


 

●噴火の状況により,デンパサール国際空港は、閉鎖をすることがあります。空港を利用予定の方は,最新情報の入手に努めてください。

 

デンパサール国際空港の状況は、下のバリ島ニュースをご覧ください。(サイト内の「続きを読む」➡ 枠内の下方「空港関連情報」へ進むとあります)


 

バリ島ニュース

(日々、更新しています)


 

 

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インドネシア入国ビザ 取得免除の実施


インドネシア日本国大使館 Embassy of Japan in Indonesiaのホームページによると、


 

インドネシアでは日本を含む30カ国(注)の国民に対し、30日以内の特定の目的で入国する場合に限り、インドネシア入国ビザの取得が免除されるという大統領令が発布され,2015年6月12日より実施されております。



バリ島旅行の、予約や手配ならこちらをご参考に。https://goo.gl/eTXTcQ



 

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

インドネシア準高速鉄道・・・2017/12/13 日本に決定か!


最新ニュースはこの記事の最下です。


 

 

 


 

 

 


経 緯

 

 2015年に、ジャカルタ―バンドン間の高速鉄道(新幹線)は日本の受注が確実視されていたものの、成立寸前で中国にさらわれたのは記憶に新しいと思います。

 政治的な背景から入札そのものが取りやめになり、その後、中国による着工が決定しました。














融資契約締結を見守るジョコウィ大統領(後列左)と
中国の習近平国家主席(同右)





この事業は前ユドヨノ大統領の肝いり案件でしたが、2014年の大統領選挙で、現ジョコ大統領が就任し、すべてがひっくりかえってしまったのです。




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そして今度は、

ジャカルタ ⇔ スラバヤ在来線

高速化事業

 


 

 














現在の特急:非電化のため機関車が牽引
スピードに限界あり

 

 

 

実を申しますと、前回は

政府部内の対立・確執が影響したらしいのです。

 

 

 

「日本優勢の受注競争を最後にひっくり返した」のはこのリニ大臣といわれ、その背景には日本を推していた与党「闘争民主党(PDIP)」の党首メガワティ元大統領と、リニ大臣の確執、さらにジョコ大統領とメガワティ元大統領との不仲説も影響したといわれています。

 

 

 

 


 

 

 

内閣改造でリニ大臣の更迭をPDIPが求めたもののジョコ大統領が拒否したとされ、「ジョコ大統領、リニ大臣」と「メガワティ元大統領、PDIP」を巡る構図は基本的に前回の受注時とは変わっていません。

 

 

 

 

しかし、鉄道関係者や経済界からは中国の「ずさんな計画と進まない建設」が浮き彫りとなる中「鉄道計画という国民生活に直結するインフラ整備に政治は介入するべきだはない」との声がでていることは、ジョコ大統領もリニ大臣も認めざるを得ないところです。

 

 

 

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そして2017年初頭

 

インドネシア政府は、ジャカルタから東部のスラバヤに至る鉄道(約730キロ)の高速鉄道計画について、5月から事業可能性調査(FS)を日本と共同で調査を実施したい、

 

 

との意向を明らかにしており、FSを11月ごろまでには終了して、日本への発注で年内には合意する方向で政府部内の調整を進める方針を示しました。

 

 

 

日本側も1月にジャカルタを訪問した石井啓一国交相がルフット調整相、スマディ運輸相などとの会談で「高速鉄道計画への協力」の姿勢を示しており、すでに両国政府間ではある程度の協力体制ができているのが現状です。

 

 

 

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そして、2017年12月13日

最新ニュースが飛び込んでまいりました。

アジア経済ニュース 2017年12月15日付

 

 

 

ジャワ準高速鉄道

狭軌採用し19年初頭に着工

狭軌=日本でいちばん普及している線路巾

1067mm

 

 

 

 インドネシア運輸省によると、2017年12月13日にジャカルタで行われた首都ジャカルタ東ジャワ州スラバヤ間の準高速鉄道プロジェクトに関する会議で、狭軌(1,067ミリメートル)の採用と新線の敷設を決定した。

 

 

第1期として、首都ジャカルタ―中ジャワ州スマラン区間を2019年初頭に着工する計画だ。14日付ビスニス・インドネシアが伝えた。

 

 

 

 会議にはインドネシアと日本両政府の関係者が参加した。ブディ運輸相によると、第1期の事業費は51兆5,000億ルピア(約4,060億円)を見込み、

 

 

工期は2年間。第1期の完工後に、第2期工事でスラバヤまで延伸する。

 

 

 

 

 ブディ運輸相は、当初計画で想定されたジャカルタ―スラバヤ間の所要時間(6時間25分)について、工費を最も抑えられる方法で、かつ6時間以下に短縮することを要請した。

 

 

 

 時間短縮に伴って路線の曲線を減らすほか、電化を図るといった新たな改良も求められるため、工費を10兆ルピア上積みした60兆ルピアに設定すると説明している。

 

 

 

日本側は、インドネシア政府からの新たな提案について早急に検討する意向を示しているという。来年4月にも事業化調査の結果が出る見通し。

 

 

 

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「 次こそは日本、頑張ってくれ!」と言いたいところです。また雲行きが怪しくならないように期待したいものですね

 

 

 

 

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インドネシアの独立 3・・・その後の残留日本兵



 

 

 

 


















タバコ代がまた上がるで 2017(12)・・・あんたならどうする?

ドヒャー!! (◎_◎;)
タバコを吸う子供。 まだこんな国があるんだ


最近のタバコに関するニュース

① 政府がタバコ税のアップを予定しているのはご存知ですね。

  人気の加熱式タバコに対しても大幅に増税される予定らしいですよ。

東京オリンピックパラリンピックに向けての、禁煙対策が課題になっています。

 先日も東京都知事の小池さんが記者会見で、加熱式タバコについて少し考えを述べていました。「 健康への影響はまだ研究段階のようなので、はっきりとした対策はまだ打ち出せていません。」と。

 しかし私思うに、加熱式タバコであっても吸わない人から見ると不快感を覚えるのは事実と思うんです。だったら健康への影響は関係なく、日本への印象を悪くしないために禁煙にした方が良いのではないかと思います。

 たばこ対策には、東京都などの条例で進めるのか、それとも全国一律の法律がいいのか? 電子たばこなどの扱いはどうすべきか? など、他にも多くの課題があり、社会全体でのコンセンサスが必要となるでしょう。

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世界の各機関の動き

2010年から、IOC・国際オリンピック委員会と、WHO・世界保健機関が共同で、「たばこの無い五輪」を推進しています。

2012年ロンドン五輪のイギリスも、直近のブラジルも、受動喫煙の防止、つまり他人のたばこの煙を吸わされないように、法律でレストランやバーなども含めた屋内は全面禁煙と決められていて、違反すると罰則もありました。

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これに対し日本の受動喫煙対策は、WHOから、世界でも「最低レベル」とされています。

 なぜ日本は「最低レベル」といわれるのでしょうか。

今から35年前、世界で初めて受動喫煙と肺がんの関係を報告したのは、日本の研究者だったとされます。

そこから世界のたばこ対策は進んできましたが、当の日本では政策に十分生かされていないからです。

「最低レベル」と言われるほど遅れてしまったわけで、言わばこの大きな遅れを今度のオリンピックまでに挽回できるのか?  世界から注目されています。

日本のイメージダウンにならないようにして欲しいものです。

世界の禁煙対策の現状



最後にこれだけは覚えておこう
タバコの基礎知識2つ

1)ニコチンには脳の中枢神経に働く毒であり、ニコチン自体には発がん性は確認されていません。以下、wikiより


 ニコチンは、血圧を上昇させたり、心拍数を増加し、心臓に負担をかけます。依存性が強くたばこがやめられない原因にもなります。

2)タールは、発ガン性物質が多く含まれています。肺を黒くし、その働きを低下させます。

 1)も危険ですが、2)の方が以上に重要に思えますね。

 たばこの喫煙による発がん性物質は、ニコチンそのものではなく、タールによるものなのです。













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