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インドシナ半島:旧フランス領インドシナのベトナム、ラオス、カンボジア(濃い緑) |
フランス領となった以後は、完全独立までベトナムと似た道を辿ります。そこには日本軍との関係が存在します。
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ラオスのはじまり
ラーンサーン王国の創設者ファ・グム |
王国滅亡後の1353年に、ラーオ族による統一王朝ラーンサーン王国がファー・グム王により建国され、その勢力は現在のタイ北東部やカンボジア北部にまで及びました。ラーンサーンとは「100万のゾウ」という意味です。昔、ゾウは戦争の際に戦車のように使われていたため(戦象)、この国名は国の強大さを示し近隣諸国を警戒させました。
フランス植民地支配
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イギリスとフランスによる植民地化を現した図 |
第二次世界大戦中は日本がヴィシー政権との協定によりラオスを占領しました。その後、フランス領インドシナは日本軍の明号作戦によって解体され、ラオスは1945年4月8日に日本の協力のもとで、独立宣言をします。
この「明号作戦」は、同時にベトナムやカンボジア、ラオスのフランスからの独立の第一歩でした。実は、明号作戦が開始される前、日本軍はベトナム・カンボジア・ラオスの国王らにフランスからの独立を約束していたのです。
しかし大戦後(日本の敗戦後)、フランスは仏領インドシナ連邦を復活させようとしこれが原因で、1946年に第一次インドシナ戦争が勃発します。1949年、ラオスはフランス連合内のラオス王国として名目上独立しました。
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1954年3月から5月にかけて、フランス領インドシナ北西部のディエンビエンフー(ベトナム内)で起こった第一次インドシナ戦争中最大の戦闘が起こります。ベトナム人民軍とフランス軍合わせて約1万人の戦死者を出しました。同戦争の大きな転機となり、フランスはベトナム撤退を余儀なくされました。
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ディエンビエンフーで勝利し旗を振るベトナム兵 |
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独立と内戦
1973年、アメリカがベトナムから撤退、1974年三派連合によるラオス民族連合政府が成立しましたが、1975年南ベトナムのサイゴンが陥落すると、12月連合政府が王政の廃止を宣言、ラオス人民民主共和国を樹立しました。