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② 台湾と日本・・・すっごく親日的

台湾(中華民国


日本が残した足跡



日本を懐かしむ日本教育を受けた人達




 日本が敗戦で去った後、中国共産党(毛沢東)に敗れた蒋介石率いる国民党は台湾へ敗走し支配しました。教科書で見た人は多いでしょう。


 そして1947年台北市で228事件が起こったりました。それはタバコ販売をしていたおばさんに取締の役人が暴行を加える事件が起きたのです。これが発端となって、翌2月28日には本省人による市庁舎への抗議デモが行われましたた。

台北市 1947:228事件


 しかし、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がることとなりました。本省人(元から住んでいる台湾人)は多くの地域で一時実権を掌握しましたが、国民党政府は大陸から援軍を派遣し、武力による差別発砲や処刑を徹底的に行い鎮圧しました。その中には多くの知識人も含まれていました。


 その後、李登輝総統(1988年 - 2000年)が誕生するまで国民党政府による長い独裁政治が続いたのでした。李登輝総統はあらゆる方面で民主化を行い「 民主化の父 」と言われています。



李登輝( 超親日家 )
 日本統治の時代は治安もよく家の鍵など必要なかったと言われます。


 日本の統治の仕方は単なる略奪型、搾取型植民地ではなく投資経営型統治と言う型で、人を教育し育てながら社会インフラも整備しながら産業を発展させました。そして貿易などで得た利益を台湾にも還元しました。つまり内地と同じような政治をし人を大事にしたところが現在、親日の人が多い理由ではないでしょうか。


 日本の敗戦から現在までの歩みを振り返りました。次回はもっと詳しく台湾を見て行きます。







    

         


































































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